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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)7号 判決 1978年7月18日

上告人 小畑重治

被上告人 郵政大臣

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊達秋雄、同小谷野三郎、同中村巌の上告理由について

一  公共企業体等の職員につき争議行為を禁止した公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、既に当裁判所の判例とするところである(昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁)。したがつて、郵政職員が禁止を犯して争議行為を行つた場合には、法令遵守義務を定めた国家公務員法(以下(国公法」という。)九八条一項、信用失墜行為避止義務を定めた同法九九条、職務専念義務を定めた同法一〇一条一項等に違反したものとして同法八二条一号に該当し、更に行為の態様によつては同条三号にも該当することがあり、懲戒処分の対象とされることを免れないと解すべきである。この場合に、公労法三条一項が労働組合法(以下「労組法」という。)七条一号本文の適用を除外していないことを根拠として、公労法一七条一項違反の争議行為のうちにもなお労組法七条一号本文の「正当な行為」にあたるものと然らざるものとがあるとし、右「正当な行為」にあたる争議行為については国公法八二条による懲戒処分をすることができないというような解釈は、これを採用することができない。けだし、公労法三条一項によれば、公共企業体等の職員に関する労働関係については、公労法の定めるところにより、同法に定めのないものについてのみ労組法の定めるところによるべきものであるところ、右職員の争議行為については公労法一七条一項にいつさいの行為を禁止する旨の定めがあるので、その争議行為について、更に労組法七条一号本文を適用する余地はないというべきであるからである。公労法三条一項が労組法の右規定の適用を除外していないのは、争議行為以外の職員の組合活動については公労法に定めがないので、これに労組法の右規定を適用して、その正当なものに対する不利益な取扱を禁止するためであつて、公労法一七条一項違反の争議行為についてまで「正当な行為」なるものを認める意味をもつものではない。また、労働者の争議行為は集団的行動であるが、その集団性のゆえに、参加者個人の行為としての面が当然に失われるものではない以上、違法な争議行為に参加して服務上の規律に違反した者が懲戒責任を免れえないことも、多言を要しないところである。

右と異なる見解を主張する所論は、採用することができない。

二  本件において、上告人に対する懲戒処分事由として原審の認定した事実は、原判決がその理由(その引用する第一審判決の理由を含む。)において詳細に判示するとおりであつて、これを要約すれば、おおよそ次のとおりである。

1  酒田郵便局及び横手郵便局の件

全逓信労働組合(以下「全逓」という。)は、昭和四〇年春闘において、公共企業体等労働組合協議会(以下「公労協」という。)がILO八七号条約批准、スト権奪還、大幅賃上げ等の要求を貫徹するため第一波統一ストライキを同年三月一七日に実施する旨決定したのに呼応して、全国の拠点郵便局で同日午前八時三〇分から一時間の時限ストライキを行うことを決定し、各地方本部に対して拠点となる候補局を報告するよう指令した。盛岡郵便局所属の郵政事務官であつた上告人は、当時、全逓東北地方本部(以下「東北地本」という。)の執行委員長として組合業務に専従していたが、右指令に基づき、傘下の地区本部と協議し、東北地本内の候補局を選定して全逓本部に報告した結果、最終的に酒田郵便局及び横手郵便局(以下、それぞれ「酒田局」、「横手局」という。)が拠点局として決定された。このストライキについて、郵政当局側は、再三、全逓本部及び各地方本部執行委員長らに対し中止を申し入れ、これが実施されたときは厳正な処分をもつて臨む旨の警告を発した。

(一)  上告人は、酒田局における右ストライキの実施責任者として現地に赴き、同局の組合員を指導して、三月一七日午前八時三〇分から勤務時間内一時間のストライキを実施させ、当日勤務すべき同局の職員六一名がこれに参加した。右参加人らは、同日午前八時三〇分ごろから酒田市浜田堀南飽海地区労働会館に集合して集会を開き、上告人がストライキの目的、情勢等について演説したのち、上告人を先頭に隊列を組んで同局に向い、午前九時二三分ごろに就労したが、その間の欠務時間は五三分であつた。このストライキの間、同局の貯金及び保険の窓口業務は当局側管理者が代つてその処理にあたり、また、貯金及び保険の外務員の集金、募集のための出発が定刻より約四五分遅れた。

(二)  横手局においては、東北地本書記長八島善次郎が、上告人と意思相通じたうえ、同局の組合員を指導して、三月一七日午前八時三〇分から勤務時間内一時間のストライキを実施させ、当日勤務すべき同局の職員三六名がこれに参加した。右参加者らは、同日午前八時三〇分ごろから横手市大町中丁平源旅館において集会を開き、その終了後隊列を組んで同局構内中庭に入り、円陣を作つて集会を開き気勢をあげたのち、午前九時二〇分ごろ解散し、同二二分就労したが、その間の欠務時間は五二分であつた。このストライキの間、同局の貯金及び保険の窓口業務は当局側管理者が代つてその処理にあたり、また、貯金外務員の集金、募集のための出発が定刻より約三〇分遅れたほか、同局局長において、一般利用者に対し他局の利用を願う旨の掲示をせざるをえなかつた。

2  仙台郵政局の件

(一)  全逓は、昭和四〇年春闘の要求項目である大幅賃上げ等の早期実現をはかるため、各地方本部及び地区本部に対し、郵政局との交渉強化とビラ貼りの実施を指令した。これを受けた全逓宮城地区本部は、先に東北公労協から配布されていた「団結の力で破れ低賃金」「家計簿は七五〇〇円待つている」等と記載されたステツカーを、公労協の統一行動日である同年四月一五日に仙台郵政局庁舎内に貼付することを決定し、その旨東北地本に連絡し、同地本青年部長木村実の指導及び協力を要請した。そして、四月一五日午前三時二五分ごろから同四時一五分ごろまでの間にかけて、宮城地区本部執行委員長管原保雄に指揮された同本部青年部組合員約二〇名及び右木村実らが、管理者の制止を無視して、同局庁舎一階表玄関ホールのガラス壁及び大理石壁等に約一四三〇枚、二階保険部事務室のガラス壁等に約五四〇枚、三階局長室のガラス壁等に約三三〇枚、合計約二三〇〇枚の前記ステツカーを貼付した。上告人は、これが終わる直前ごろ現場に赴き、管理者の中止要求に対して「まあまあ」といつたり、組合員らに「では引き揚げようか。」と声をかけたりし、右貼付行為について宮城地区本部役員らと互いに意思相通じていたものである。

(二)  上告人ら東北地本の役員は、郵政局との交渉を強化すべき旨の全逓本部の指導に従い、東北地本執行委員会において、同年四月一五日に組合員を動員して仙台郵政局長と集団交渉を実施し、その際同局庁舎内で集団示威行進をも併せて行うことを決定した。そして、四月一五日午前九時一五分ごろ、東北地本副委員長川辺忠雄が同局人事部管理課長室に赴いて、賃上げ、職員宿舎の設置、日曜配達の廃止等につき局長又は人事部長と集団交渉したい旨要求したが、これを拒絶されたので、午前九時三一分ごろ、あらかじめ同局玄関前に動員され鉢巻をつけ労働歌を合唱して気勢をあげていた組合員約一〇〇名が、東北地本青年部長木村実らの指揮のもとに、管理者の制止を実力で押し返して玄関から庁舎内に入り、表階段と裏階段の二手に分かれて階段を昇り始め、表階段を昇るグループ約五〇名は「わつしよい、わつしよい」と掛声をかけながら一階から四階までの階段を示威行進し、四階で裏階段から昇つてきた他のグループ約五〇名と合流したうえ、三階に降り、三階の局長室前のホールでも同様の掛声で二、三回示威行進をしたのち、局長との集団交渉を求めて同ホールに坐り込み、携帯マイクによる指導に従つて労働歌を合唱した。上告人は、右組合員らに続いて庁舎内に入り、同ホールで事態の推移を見ていた。当局側は、右組合員らに対し立札あるいはマイクで解散及び庁舎外退去を命じたが、まつたく無視された。午前九時四七分ごろから川辺副委員長が管理課長と会つて再び集団交渉を要求し、押問答を繰り返した末、結局、午前一〇時四五分すぎころ組合代表二〇名が管理課長室に入室し(上告人も遅れて入室した。)、同課長に対して要求書を続みあげるなどしたうえ、「今日はこれで要求することを打ち切る。」旨宣言して、午前一一時二〇分ごろ退室した。この間、ホールに坐り込んでいた組合員らは、午前一〇時一四分ごろ、「人事部長会見に応じろ、代表団がんばれ、大幅賃上げを闘いとろう。」とのシユプレヒコールを繰り返し、一部組合員が管理課長室に入室しようとする動きを見せ、更に、午前一〇時四七分ごろには、気勢をあげるため、全員が立ち上つて隊形を整え、約一二分間「わつしよい、わつしよい」と掛声をかけ、「人事部長に会わせろ。」等のシユプレヒコールを繰り返し、渦巻行進をしたり、あるいは入事部長室に入室するかのような気勢を示したりし、このため付近はかなり喧喋状態となつた。かくするうち、午前一一時二〇分ごろ上告人を含む組合代表が管理課長室からホールに戻り、川辺副委員長が組合員に要求打切りの経過を報告したので、労働歌を合唱したのち、同三〇分ごろ上告人の音頭により大声で「団結がんばろう。」と三唱し、前と同様に集団示威行進をしながら庁外に退去し、解散した。

(三)  全逓宮城地区本部は、前記のように仙台郵政局庁舎内にステツカーを貼付したが、その後更に同じステツカーが約一二〇〇枚残つているのを発見したので、これを再び同庁舎内に貼付することを決定し、同年四月二二日午後八時一六分ごろから同二六分ごろまで及び同日午後九時一五分ごろから同二〇分ごろまでの二回にわけて、同地区青年部の組合員約二〇名が、管理者の制止を無視しあるいは密かに、同庁舎一階から二階にかけてのガラス壁、入口扉、階段の手摺等に右ステツカー全部を貼付した。上告人は、当日の夕方そのことを知り、貼付が始つたころにその現場に赴き、貼つている組合員の後をついてまわりながら、貼付されたステツカーのめくれた個所を手で押さえたり、中止を求める管理者に対し「あまりがやがやするな。」「たいしたことはない。」「ビラ貼りは労働者の労働運動で最小限のものだ。」などと答えたりし、右貼付行為について宮城地区本部役員らと互いに意思相通じていたものである。

3  仙台郵便局の件

(一)  全逓は、公労協が第二波半日ストライキを同年四月二三日に実施することを決定したのに呼応して、全国の中央郵便局及び統轄局又はこれに準ずる局で半日ストライキを行うこととし、前記1とほぼ同様の経過を経て、東北地本における拠点局を仙台郵便局(以下「仙台局」という。)と決定した。これに基づき、全逓中央執行委員増元昭夫が仙台局に赴き、上告人らとも意思相通じたうえ、同局の組合員を指導して、四月二三日朝から半日ストライキを実施させ、当日勤務すべき同局の職員三九九名がこれに参加した。右参加者らは、同日午前八時五〇分ごろから一一時一〇分ごろまで仙台市日乃出会館七階ホールにおいて集会を開き、その終了後一一時四六分ごろ就労したが、欠務時間は、午前七時から同一一時四六分まで(保険課職員は一一時四八分まで)最高四時間四六分、最低四六分にわたつた。右ストライキによつて業務に生じた影響は、次のとおりである。(1)仙台局の自動車運送便等の郵便物は当局側管理者が代つて処理した。(2)仙台市内一〇二区の一号便の配達が全部欠便となり、それによる持出不能郵便物数は合計九万通に達した。(3)速達便の配達がストライキ中行われず、配達の出発が定刻より五時間四〇分遅れた。(4)貯金外務員の出発が定刻より三時間三〇分遅れ、持出不能集金票は七〇〇件に達した。(5)保険外務員の出発が定刻より四時間三〇分遅れ、持出不能徴収原簿は八三七件、取立不能徴収原簿は七四八件に達した。(6)ストライキ中に発信中込のあつた五通の電信のうち、四通は発信者に事情を説明して電報局から発信することの了承を得、一通は午後に発信することの了解を得た。(7)ストライキ中の郵便、貯金、保険の各窓口業務は当局側管理者が代つてその処理にあたつた。

(二)  上告人及び後記の組合役員らは、仙台局における右ストライキの前後に、互いに意思相通じて次のような行為をした。

上告人は、(1)四月二三日午前七時九分ごろ同局一階郵便課事務室に無断入室し、管理者の退去要求を拒否して同一五分ごろまで留まり、(2)同七時五七分ごろ同局通用門付近で同局会計課長から局長名のピケ解散要求書を出されたが、「ピケではない。」といつてこれを返還し、(3)同八時一六分ごろ他の組合役員とともに前記郵便課事務室に再度無断入室し、(4)前記日乃出会館で開かれた集会ののち、午前一一時三六ごろ参加者の先頭に立つて歌をうたい手を叩きながら仙台局通用門から構内に入り、同四六分ごろ同局裏庭において無許可集会を実施し、「団結がんばろう。」の三唱の音頭をとつた。

東北地本書記長八島善次郎は、(1)四月二二日午後一一時四〇分ごろ同局庁舎内に無断入室して局内を徘徊し、(2)翌二三日午前四時二〇分ごろ前記郵便課事務室に無断入室した。

全逓宮城地区本部書記長馬場治昭は、(1)四月二三日午前八時二五分ごろ前記郵便課事務室に無断入室し、管理者の退去要求を無視して留まり、(2)同一一時二一分ごろ同局裏広場において、前記日乃出会館の集会から帰つてきた組合員に対し、携帯マイクをもつて「ご苦労さんです。一一時五〇分まで集会をやりますからしばらくお待ち願います。」と呼びかけ、同一一時四六分ごろ解散させた。

全逓宮城地区本部執行委員中村瑞穂は、四月二三日午前四時二〇分ごろ前記郵便課事務室に無断入室した。

全逓仙台地方郵便局支部書記長詑摩誠は、四月二三日午前四時三分ごろ他の組合役員とともに前記郵便課輸送係室に無断入室した。

原審のした以上の事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができるものであり、所論経験則の違背又は理由不備の違法はない。

右認定事実によると、上告人が酒田局、横手局及び仙台局においてストライキを実施させた行為は、公労法一七条一項に違反し、また、その他の行為は、官職の信用を傷つけ又は官職全体の不名誉となるようなものであるから、全体として同法九九条に違反し、同法八二条一号及び三号の懲戒事由に該当するものといわなければならない。

三  ところで、国家公務員に懲戒事由がある場合において懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められるものでない限り、違法とならないことは、既に当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・裁判所時報七三〇号四頁)。

本件についてみると、酒田局、横手局及び仙台局におけるストライキは、その主目的が賃上げ等の経済的要求にあつたとしても、公共性の強い郵便局の職場全体で大規模に、しかも当局の再三の警告を無視して行われたものであり、それによつて生じた業務阻害の結果も、軽視することができない。また、その他の行為のうち特に仙台郵政局において多数組合員が集団交渉を要求して庁舎内に立ち入り集団示威行進や坐込みをした行為は、右集団交渉の要求自体公労法の定める団体交渉の手続を無視した不当なものであるばかりでなく、その態様が著しく粗暴で喧騒にわたつており、それによつて業務運営その他に及ぼした影響も深刻なものであつたことが推認されるのであるから、組合における上告人の地位にかんがみれば、これらの行為に関する上告人の責任は重大であるといわなければならない。これに加え、原判決が適法に確定したところによれば、上告人は過去において七回停職処分を受けた経歴を有するというのであつて、更に本件のような行為を繰り返したことは、全体の奉仕者としての自覚と責任の欠如を示すものとみられても、やむをえないところである。もつとも、昭和四〇年春闘によつて懲戒処分を受けた全逓各地方本部の執行委員長のうちには、上告人より過去の処分歴の多い者がいたにもかかわらず、停職一〇月ないし一年の処分を受けたにとどまり、免職処分を受けたのは上告人のみであつたことが明らかであるけれども、原審の認定するところによれば、他の地方本部執行委員長に対する処分においては、同年三月一七日及び四月二三日の統一ストライキを実践指導したことが処分理由となつており、仙台郵政局で行われたようなステツカー貼付、庁舎内集団示威行進及び坐込み等についてまで責任を問われているものではないというのであるから、単純に処分の結果のみを比較してその軽重を論ずることは、相当でない。

このような上告人の本件各行為の性質及び態様等諸般の事情を考慮すれば、右行為のうちに全逓本部からの指令ないし指導に従つたものがあることを斟酌しても、なお、本件免職処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、懲戒権者に委された裁量権の範囲を超えたものということはできない。この点に関する原審の認定判断は、正当である。

四  以上のとおりであるから、原審の説示には一部右と異なるところがあるけれども、本件免職処分に取り消すべき瑕疵がないとした結論は是認すべきものであつて、原判決に所論の違法はなく、所論違憲の主張は、前記大法廷判例に徴して失当である。論旨は、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官環昌一の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官環昌一の意見は、次のとおりである。

私の意見も、本件上告理由がいずれも採用しがたいものであるとする結論においては多数意見と異なるところはない。しかしながら多数意見は、基本的に、その引用する昭和五二年五月四日の当裁判所大法廷判決に依拠するものと解されるところ、私は、右判決における反対意見(以下意見(1)という。)において公務員特にいわゆる五現業の職員の労働関係についての基本的立場をのべ、その後この立場から、多数意見引用の当裁判所昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決の反対意見(以下意見(2)という。)及び当裁判所昭和四七年(行ツ)第一号同五三年三月二八日第三小法廷判決の意見(以下意見(3)という。)において若干の私見をのべる機会があつたので、これらの意見との関連で本件上告理由に即して私の見解をのべておくのが適当であると思う。

一  上告理由第一点ないし第三点について

所論は、これを要約すると、(ア)公労法一七条一項の規定するところは、いわゆる東京中郵事件判決(最高裁昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁)が、争議行為等に対する具休的制約についての憲法判断において考慮することを要する条件として挙示するところに従うとしても、いわゆる五現業の職員等のそれぞれについて、その職務の公共性の強弱、争議行為の種類、態様の如何、国民生活に及ぼす障害の程度を考慮することなく、争議行為を全面一律に禁止したものであつて、右大法廷判決にいう合理性の認められる必凄最少限度の制約の範囲をこえているから、憲法二八条に違反する、(イ)公労法の適用をうける職員に対して、労組法七条一号によれば正当とされるような争議行為をしたことを理由として懲戒処分をすることは、憲法二八条に違反するものであり、それは東京中郵事件判決論理の当然の帰結である、また、その正当性の判断の基準は民間企業の場合のそれと大きな差異があるべきではない、本件争議行為はその具体的事実から見て正当性の範囲をこえるものではない、(ウ)争議行為が暴力の行使等に当らない限り、前記の基準に照らして正当性を具備しない場合であつても、これに参加した個々の職員に対し国公法の懲戒規定を適用することは許されない、それは、元来、争議行為は団体行動であつて個々人の行動として把握されうるものではない、憲法二八条の保障の下で争議行為自体を違法視することは許されず、したがつてこれに参加した個々人の行為を信用失墜行為ないしへ全体の奉仕者たるにふさわしくない非行と」評価することはできない、国公法八二条の保護法益は職場秩序の維持であり、公労法一七条一項のそれは国民生活全体の利益である、などの理由によるものである、したがつて公労法一七条一項の違反者に対して使用者がなしうるのは、同法一八条による解履のみであり、懲戒処分をすることは許されない、国公法八二条一号に「この法律」とある中には公労注は含まれていない、仮に右の見解が誤りであるとしても、本件争議行為は正当なものであるから懲戒処分の対象とはならない、というのである。

私は、すでに前記意見(1)において、公労法の適用をうける五現業、三公社の職員(以下特に五現業の職員を「現業職員」又は「職員」と略称する、)の労働基本権とその制約については、所論引用の東京中郵事件判決の判示する基本的見解に従がうべきものであり、現業職員の性格は、五現業の事業の実体、職員の職務の内容等からみて、非現業公務員よりはるかに私企業労働者に近似する、そのため職員と使用者(実定法上は政府、窮極においては国会によつて最終的に代表される国民全体)との間には、私企業の場合に近い労使関係の存在が認められる、公労法一七条一項の規定は、五現業等の業務が安定した秩序の下に継続して能率よく遂行されることによつて確保される国民全体の利益を、業務の停廃による侵害から守ることを目的とするものであり、その実効確保のため、その違反行為に対して解雇(同法一八条)や損害賠償(同法三条一項、労組法八条)等の規定が設けられたものである、このように右公労法一七条一項の規定自体は、右の労使関係の実質に照らすと労働基本権に対する強い制約であることは否めないが、それでもなおその内容が、違反行為について民事法上の効果のみを伴なうものとするに止め少なくとも刑事法上の責任を問うことはないものとしている点において、前記東京中郵事件判決の判示する基準に則つても合理的範囲を逸脱するものとまではいえず、結局これを違憲無効の規定とすることは相当でない、との趣旨の見解をのべた。ただ右意見が刑事事件についてのべられた関係上、意を尽さなかつた点もあり、また、論旨が右規定は争議行為を全面一律に禁止するものであるから違憲である旨主張するので、以下において右の民事法上の効果の点を中心に私見を補足したい。

等しく公労法の適用をうける勤労者といつても、その所属する事業の公共性や勤務の内容等に差異があるため、その勤労者としての性格は一様ではないから、これに対する争議行為等の制約を定めるに当つては、これを国公法の適用をうける公務員たる五現業の職員と、それぞれの事業法によつて律せられる三公社の職員に大別し、更には、この両種別に分属する事業の職員等を事業毎に分別し、それぞれの性格に応じた、適切で、かつ、合理的限度をこえない、できる限り個別的、具体的な規定を設けることが、憲法二八条の趣旨に、より一層沿う所以であるとすることができるであろうが、私は、同法一七条一項の規定が、五現業、三公社の職員さえも分別せず、まして所論指摘のような争議行為の種類、態様等を区別することなく、その文言上、全面一律に制約するものと読めるからというだけで、右規定を違憲無効のものと断ずるのは相当でなく、その合憲性は関係法律全体の規定の趣旨を総合考慮して判断すべきものであると思う。以上の見解は、先に非現業公務員に対する団体協約締結権の問題について前記意見(3)においてのべたところとその基本を同じくするので、その参照を求める。また私は、先に前記意見(2)において、公務員と使用者との間には高度の信頼関係が存在するというべきであること、公務員の中にも公務員としての特殊性の強いものから一般私企業の従業員と変らない労使関係にあるとみられる者までがあり、右の信頼関係にもこれに応じてその性質、程度に差異があることを指摘した。私のいう信頼関係とは、使用者においては、職員がその職務の高い公共性と職責の重さを認識して争議行為を自制することに信頼し、他方、職員においては、使用者が職員の生存権確保のため労働関係に誠実に対処することに信頼するという関係の存在を前提として労使双方が相互に相手方の信頼を破らない義務を負うことを意味する。そして、現業職員等は前述のように一般私企業に近似する性格をもつものであるから、使用者の、職員の信頼を尊重する義務は特に重いものといわなければならない。そこで以上の見地から公労法一七条一項に違反する争議行為等の民事法上の効果について考えてみると、このような行為は右にのべた使用者の信頼に対する侵犯であるから、これをした職員においてそれが争議行為であることを理由として民事法上の免責を主張することはできないといわなければならない。しかしながらその反面、民事法上の効果の内容、軽重の判断に当つては、使用者の側(窮極において国民全体・その最終の代表としての国会)の対応の誠実の度合いが特に重要な資料として考慮されなければならないこととなる。このような解釈原理によつて民事法上の効果を調整し、適正な結果を求めるべきことは公労法が当然のこととして予定するところというべきであるが、更に同法が団体交渉権や団体協約締結権等について制度としてこれを保障していることなどにかんがみると、同法が、職員の生存権の確保と国民全体の利益の擁護という現実において対立する二つの憲法上の要請の、調和し均衡した労働関係を実現するための立法政策上の配慮を、明らかに不合理というべきほど欠いているものとは思われない。前記論旨がいう憲法判断における労働基本権の制限の限度の問題は、結局、その違背に対する民事法上の効果如何と表裏をなすものというべきであるが、右に検討したところからすれば、公労法の前記規定が総合的的見地よりして合理的制約の限度をこえるものとするのは相当でない。また、それが一方的に職員にのみ犠牲を強いるものともいえない。所論違憲の主張は採用し難い。

なお、右にみたように現業職員はみずからした行為が争議行為であることを根拠として民事法上の免責を主張することができないから、現業職員の争議行為につき、私企業のそれの場合における正当性の基準をあてはめて論ずることが、そもそも前述した法の趣旨と相容れないものであることは明らかである。そして、このように解することは前記東京中郵事件判決と矛盾しないばかりかむしろその趣旨に沿うものと考えられるし、また、公労法、労組法の関係規定の文理解釈の上からもその結論を異にしないことは多数意見の判示するとおりである。この点に関する論旨も理由がない。ただ前述のように、使用者の背信行為は、これに対応する団体行動の民事法上の効果を左右する重要性をもつから、具体的な場合にその背信の度合いが著しいため、客観的にみて前記信頼関係がこれにより一方的に破壊されたと認められるような特段の事情が存するときには、これに対応してなされた争議行為そのものが、その目的、態様などにおいて相当であれば、憲法上の正当性を回復して民事上法の関係においても正当行為と評価される場合のあることは理論上肯定されよう。

そこで進んで論旨が争議行為に参加した個々の組合員たる職員に対しては争議行為を理由として懲戒処分をすることが許されない旨主張するところについて考える。公労法が、その一七条一項に違反する行為の効果につき、直接これを定める規定として同法一八条の規定を置いたこと、同条は「解雇」という特別の表現を用いていること、懲戒に関しては公労法に規定を設けず国公法や三公社のそれぞれの事業法にこれを置いていることなど、関係法律の構成、体裁ないし表現等にかんがみると、この解雇は、法の目指す争議行為等の制約の実効を挙げ将来の発生を防止するため、特定の職員を企業外に排除することが必要やむをえない場合には、国公法や各事業法の職員に対する身分保障の規定ないし労組法の不当労働行為に関する規定にかかわらず、使用者において当該職員との労働契約を解除して企業外へ排除することを許容する趣旨のものと解される。すなわち右解雇は、当該職員の行為を企業秩序との関連で個別的な違法行為としてとらえてされる懲戒処分とは異なり、行為の責任を問うというよりも、むしろ他の分限上の処置に類似する性質を有する特別の処置とみるべきであつて、このような特別の規定を設けた法の趣旨にかんがみると、公労法一七条一項の規定に違反したこと自体を理由として使用者のすることができる民事法上の処置としては、右の解雇があるのみで、別に国公法の規定を通して同法の懲戒規定、特にその八二条一号を適用して懲戒処分をすることが許されると解することは相当でないこと論旨のいうとおりであろう。しかしながら、上述のように現業職員が争議行為を行うことは原則として法の認めないところであるから、その際、職員が事実上使用者の業務上の管理を離れて組合の管理に服したことをもつて、労働契約関係の適法な一時的消滅とみることはできず、争議行為の実体そのものである個々の職員の業務不提供の事実が、法的に使用者に対する労働契約上の義務の違背と評価されることは否定することができない。また、その法的効果が団体たる組合にのみ生ずると解すべき根拠も見出し難い(そこには「代表」の観念を容れる余地はないし、組合自身使用者に対し労務提供の義務を負うものではない。)いずれにしても現行法体糸の下では、労働関係の法的特殊性を考慮しても、個々の職員の行為が団体の行為の中に解消し何らの法的考慮の対象にもならないと解することには十分な理論的根拠があるとは思われない。そして職員の争議行為避止の義務は、上来のべてきたように使用者たる国民全体との間の、企業秩序の安定による国民全体の利益の確保を目的とする前記の信頼関係に根ざすものであり、法律によつて明定されたものであるから、その違反は、私企業における労働協約上のいわゆる平和義務の場合とは異なり、いわば公序に反するものとしての違法性をもつとの評価を免かれ難い。以上の見地からすると、職員の行為を個々の行為の面でとらえ、それが法令や就業規則に定める懲戒処分事由に該当する場合には、職員はその行為自体に即した個人的責任として懲戒処分をうけることもやむをえないものという外はない。なお論旨は保護法益の相違をいうが、公労法一八条による解雇も、懲戒処分も、いずれも事業が安定した秩序の下に遂行されることをねらいとするものであり、その間に対立し矛盾するところはなく、また、右両処置は上述のようにそれぞれの見地からなされる別異の処置と解すべきものであるから、所論の点は職員の個人的責任を否定する根拠とはなりえないというべきである。そして、具体的な個々の職員の行為が右にのべた解雇又は懲戒免職の要件をいずれも充たす場合には、具体的な事案に即して使用者の合理的な裁量によりそのいずれをとるかが許されるものと解されるのである。以上のような観点から考えると、争議行為に際してした職員の個々の行為が、使用者たる国民全体に対する背信行為として、国公法九九条にいう信用失墜行為ないし同法八二条三号にいう全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に該るものと認められ、懲戒処分の対象とされることもやむをえないものというべく、論旨も結局理由がない。

二  上告理由第四点について

所論は、これを要するに、(ア)一審判決を引用する原判決は、横手局におけるストライキ、仙台郵政局におけるビラはり、仙台局におけるピケ解散要求の拒否行為等につき上告人に共謀の事実があつたとして、これを処分事由の一つとして認定しているが、その事実認定には経験則に反する等の違法があり、上告人としては、それらの行動が実施されることを知りこれを容認していたにすぎないものであるか、もしくは内心で支持、支援しながら傍観していたにすぎないものであつて、これらの事実は上告人に対する懲戒処分事由としての構成要件を充たすものではない、(イ)上告人に対する本件懲戒免職処分は、処分権者のもつ裁量権の範囲を逸脱するもので違法無効である、というにある。

一審判決を引用する原判決の事実認定に所論のような違法のないことは多数意見の判示するとおりであるが、所論横手局その他における行動についての上告人の関与が所論のような程度のものであつたとしても、これを他の本件行動における上告人の行為と総合してみると、上告人が本件争議の実施に当つて、後述のように強い指導力、影響力をもつていたことが認められるから、原判決が右の事実を上告人の民事法上の責任を判断する一つの資料としたことは必ずしも是認できないものではない。

次に被上告人の本件処分における裁量権の範囲の逸脱をいう論旨について考える。私は、前記意見(2)において非現業公務員についてのべたところと同様の基本的見解に立つものであるが、前述のように上告人が私企業労働者に近似する性格をもつ現業職員であることから、これに対して国公法の懲戒規定を適用し、上告人の本件行為により労使間の信頼関係が失われたとして免職処分を選択するには、上告人の右の性格に応じた格別の考慮が払われなければならないと思う。しかしながら、上告人が、全逓東北地本執行委員長という組合の指導的地位にあるにふさわしい者として組合員により選任されて組合業務に専従し、過去において少なからぬ被処分歴をもつことや、原審が処分事由として認定した本件一連の団体行動における上告人の関与の態様などからみるとき、本件行動に関する上告人の指導力、影響力のほどをうかがうに難くないのであつて、これに多数意見の判示する業務阻害の結果、本件行動の態様、前記上告人の被処分歴(月日、回数、内容)等諸般の事情を併せ考え、かつ、本件行動には、前述のような特段の事情も、またその際における被上告人側の態度に特に責められるべき点も見当らないことをも考慮すると、被上告人において上告人との間の信頼関係が失われたものと考えたことも首肯するに足るものであり、前記のような特段の配慮の下でも、被上告人に、社会観念上著しく合理性を欠くような裁量権の範囲の逸脱があつたとすることは相当でない。論旨はいずれも理由がない。

(裁判官 環昌一 天野武一 汀里口清雄 高辻正己 服部高顯)

上告理由<省略>

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